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2016年版9月16日は競馬の日。由来や歴史。アスリートとしての競走馬の楽しみ方紹介

公開日: : はやりもの


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こんにちは、ヒロです。

9月16日は競馬の日

競馬の日,日本中央競馬会発足記念日

1954(昭和29)年のこの日、日本中央競馬会(JRA)が農林省(現在の農林水産省)の監督の下で発足した。それまでは、農林省蓄産部が運営する国営競馬だった。
日本中央競馬会
馬に親しむ日 毎月第3日曜日

日本競馬の歴史


幕末の横浜競馬 文久2年(1862年)
わが国に、いわゆる「洋式競馬」が生まれたのは、文久2年(1862)春、横浜(現在の中区)で居留外国人によって行われた競馬が最初とされています。この「洋式競馬」こそ、現在の私たちの競馬の、いわば原形であり、1世紀以上も経た今日の競馬は、諸先覚者の努力とファンの方々のご支援によって築きあげられたものといえます。


明治3年(1870年)
さて、日本人による「洋式競馬」はどうでしょう。横浜の競馬を模倣したものが、早くも明治3年(1870)にすでに現れています。東京九段の招魂社(後の靖国神社)で行われたものですが、これはまた同神社例大祭の”奉納”がその目的でした。その後明治10年(1877)には三田育種場で、また同12年新宿の陸軍戸山学校、同17年上野不忍池畔で行われていますが、いずれも長続きはしませんでした。
一方、明治維新後、西欧から新しい畜産学と技術が移入され、同時に日本馬の資質改良の目的で、米・英・仏などの諸国からさまざまな種類の馬が輸入されました。特に、明治27~28年の日清戦争およびその後の北清事変などで、日本産馬が欧米諸国産の馬とくらべて馬格、能力ともに劣っていることが明らかとなったため、その後は欧米のレベルに近づけるための施策が、さらに精力的に計画されることになります。その方策として、「近代式競馬」の施行が最も効果的だとする主張が台頭してきました。政府部内には、賭け事について一部反論もありましたが、結局明治38年12月、馬券発売黙許の措置を講じました。これにより、まず社団法人東京競馬会が認可を受けて、明治39年11月24日を初日とし、翌25日および12月1日、2日の合計4日間、池上本門寺近くに新設された競馬場で、日本人による最初の馬券発売を伴った競馬を開催したわけです。
こうして日本中が近代競馬誕生と同時にたちまちブームに沸きましたが、じつはこのブーム、去るのもまた早かったのです。馬券に熱中するあまり、家を傾ける者などがいたり、また、施行者の側にも不慣れによる不手際が生じるなどしたため、政府も態度を変えざるを得なくなりました。明治41年、政府はついに馬券発売の禁止を決定、たまたま公布されたばかりの新刑法の「賭博及ヒ富籤ニ関スル罪」8条項を適用することになり、政府黙許によって始められた馬券発売は、わずか2年たらずの短命に終わりました。しかし、政府は競馬の開催そのものを否定したわけではありませんでした。翌年11月には、馬券を伴わない競馬の開催を推進するために、施設の維持管理や賞金等に対して補助金を支出することとし、それに伴い既存の15競馬施行団体をそれぞれ改組合併させて、全国で11競馬倶楽部に限定して再発足させました。そして、入場者激減、賞金の減額など、きわめて困難な状況にもかかわらず、「馬券を売らない競馬」は、それでも以後14年もの長期間にわたり続行されました。


大正12年(1923年)

上野不忍池畔で行われた競馬の錦絵

昭和10年中山競馬倶楽部発行の
単勝式勝馬投票券


昭和30年の日本中央競馬会ポスター

昭和28年日本ダービー(優勝馬ボストニアン)
この間にも、馬券発売の再認可を願う人々の声は、競馬施行者を中心に、生産者や馬主の各方面から 高まっていき、同時に国産馬の改良の実を早急にあげるためには、馬券発売を法的に認めることが最上の策であるとする国の考えも熟し、競馬法制定への動きは急速にもりあがりました。そして、ついに大正12年(1923)、関係者念願の競馬法の公布が実現したのです。
同法に基づき、札幌・函館・福島・新潟・中山・東京・日本レース(横浜)・京都・阪神・小倉・宮崎の11競馬倶楽部が馬券発売を伴う競馬の開催を認められ、これらのいわゆる「公認競馬」は、関東大震災や世界的恐慌に見舞われながらも、以後順調に成長していき、昭和6年に複勝式勝馬投票券発売開始、昭和7年には日本ダービー(東京)が創設されるなど、確固とした基盤を築くほどになりました。しかし、競馬の事業規模が拡大していくにつれて、11倶楽部それぞれ独自の施行形態による不統一、非能率が随所に目立ってきました。また一方、政府内部でも、11倶楽部を統一して1団体による施行形態に改め、業務の能率化を図るとともに、収益の一部を国の歳入財源に充てようとする発想が生まれてきました。

そして、競馬法の大改正が昭和11年(1936)に行われ、全国の11競馬倶楽部は、翌12年すべて解散、その全権利義務を含めて合併、日本競馬会が誕生しました。馬の改良増殖、馬事思想の普及を図ることを目的とする法人としてその性格、権利、義務が詳細に定められ、また、競馬施行のための具体的な規定も、従来、各倶楽部が独自に制定していたものを一本化し、政府の許可制に改めるなどと決められました。その後まもなく、4歳クラシック競走の体系が確立し、昭和16年には、業績が戦前におけるピークに達しました。
第二次世界大戦の末期、競馬は一時中止のやむなきにいたりましたが、終戦後、昭和21年には、まず東京・京都の両競馬場で、さらに翌22年には、上記の2場以外に中山競馬場など計4場で開催されています。ところが、当時のGHQ(連合国軍総司令部)の指示により、日本競馬会は閉鎖の危機にさらされましたが、関係当局必死の努力により、辛くもそれを免れたものの昭和23年に解散となりました。そしてこの年、新しい競馬法が制定されました。条文の多くは、旧競馬法をそのまま継承したものでしたが、特に変わった点は、地方競馬を含めて、法律上わが国の競馬を体系化したことにあります。これによって、国営競馬(後の中央競馬)と地方競馬という、わが国の2つの競馬体系が定まることになったわけですが、前者は、日本競馬会の資産一切を引き継ぎ、農林省に競馬部を新設し、東京など3競馬事務所を設けて発足したものです。
この時期に連勝式という新しい投票法の導入や場外勝馬投票券発売所施設の新設をはかり、新たな競馬体系を構築する動きがみられました。
戦後の疲弊と混乱から立ち直り、安定した社会的状況のもとで、昭和27年、農林大臣の諮問機関として、競馬制度審議委員会が設置されました。同委員会は、当時問題となっていた民営移行論について審議を重ね、国営競馬は、その施行体を全国一体の特殊法人とすべき旨の答申を出し、政府は国営競馬の民間移管を決定しました。

昭和29年(1954年)
日本中央競馬会法が公布され、同法に基づいて、昭和29年9月16日政府全額出資の特殊法人日本中央競馬会が設立され、「公認競馬」と通称されてきた「国営競馬」の一切を継承することになりました。以来、今日までの間、「中央競馬」は多くのファンの皆様にささえられ親しまれ、著しい成長をとげてきました。なお、国営時代の昭和28年に、中京競馬場が新たに仲間入りし、現在中央競馬を施行しているのは10競馬場となっています。


競走馬はアスリート!という見方で見ると楽しみが変わる


馬=サラブレッド、脈々と受け継がれる血統


まずはじめに、競馬はブラッド(血統)スポーツとも呼ばれています。「馬」と一言で言っても世界中の全ての馬が競馬に出られるわけではないんです。競走馬は「サラブレッド」という資格が必要になります。サラブレッドの資格は血を受け継いでいるかどうかです。

そもそもサラブレッドという言葉は”Thorough”徹底的な、完璧な+”bred”育てられた、躾けられた、という語源で血の繋がりだけでなく、育てられた環境も完璧だという意味があります。サラブレッドの歴史について引用すると↓


サラブレッドの歴史は、17世紀の初めのころ、イギリス人が東洋種の牡馬をイギリス在来の牝馬に配合させたことではじまったといわれています。つまりサラブレッドには、300年以上もの歴史があるのです。血統を知ることは、競馬のおもしろさのひとつです。それは、血統から特徴や傾向を探ることがレース検討につながるだけでなく、血統というものが国境や時代を越えたネットワークになっているからです。 引用:JRA|サラブレッド講座


現在の競馬で走っている馬はすべてこの300年以上も前の血を脈々と受け継いでいるのです。血統は奥が深くて、例えば人でもオリンピック選手の子供がオリンピックで活躍したり、スポーツ万能な両親から生まれた子供もスポーツ万能といったことがありますよね?

血統も同様で、あらゆるオスとメスの組み合わせが無数に存在しています。そこから相性やより強い馬を生み出すためにあらゆる試行錯誤があって配合され、1頭の馬が生まれます。

日本ダービーを勝った親の子供がまた日本ダービーを勝つ。全く縁のなかった親から突然強い子供が生まれて大きなレースを勝つ、血統については知らないと全く訳わからないと思いますが長い歴史と考えうる最高の組み合わせが常に根底にあります。

サラブレッドの血を引く馬だけが競走馬になれる

サラブレッドの血には長い歴史とドラマがある
日々、最強の馬を生み出すための配合が考えられている
ちなみに毎年生まれる競走馬は約7000頭。そのうち、すべての馬がデビューできるとは限りません。怪我や競走馬としてのゲート試験などくぐり抜けなければいけない関門が沢山あります。そして晴れてデビュー戦である「新馬戦」に出走します。ここから勝ち上がってきた中で日本ダービーに出走できるのはわずかに18頭。かなり厳しいですね。ちなみにダービーはオス(牡馬)、メス(牝馬)どちらも登録できます。

厳しい競争と訓練をクリアしてきた騎手たち




馬ばかりが注目されがちですが、騎手たちの熱い戦いにも目を向けるべきです。自分が応援したい騎手が見つかれば、その人が乗っている馬に賭けるというのも一つの楽しみ方です。

そもそも騎手にはどうやってなれるのかご存知でしょうか?まず競馬学校に行かなくてはいけません。この競馬学校ですがかなり厳しいことで知られています。例として平成29年の騎手課程の募集要項を見てみましょう。


参照▶︎http://jra.jp/school/bosyuu/j.html

20歳以下の年齢制限、体重制限もあります。視力も裸眼で0.8以上が必要。募集人数は10名程度に対し、毎年倍率は30倍!にもなります。かなり狭き門ですね…



2次試験まであり、運動能力から面接まで厳しい試験を通過しなければなりません。騎手学校に入ったあとも厳しい授業が行なわれているようです。相当な覚悟と意志がないと騎手への道は開けません。

騎手学校を卒業して晴れて免許を手に入れてからが本番です。中央競馬のレースを勝って実績を積み上げて行かなければいけません。

ちなみに、2014年時点での騎手の総人数は129名。この中で日本ダービーに出られるのはわずか18名。騎手がいい馬に巡り合う運も必要ですし、勝ち上がってくる実力も必要です。ダービーに出ることは騎手としての夢でもあるのです。

ちょっと寄り道。騎手ってどのくらいの年収なの?


騎手ってどのくらいの年収があるか知っていますか?レースの賞金の約5%が騎手の取り分と言われていますがこちらに中央競馬騎手の年収がまとめてあります↓

中央競馬の騎手・ジョッキーの年収|年収ガイド

上位の騎手は年収1億円を優に超えています。JRAは農林水産省が運営する公営ギャンブルですので、騎手には出走するだけでもらえる沢山の手当てがあります。勝てなくてもきちんと生活できるだけの収入は得られるようになっています。

サラリーマンの年収とは比べものになりませんね…しかし、上位の争いはとにかく厳しい世界ですしケガなどで一瞬にして騎手としての資格を失ってしまうリスクもあります。決して楽な世界とは言えません。

2016年はJRA女性騎手の藤田菜々子騎手がデビューし話題にもなりました。女性で競馬騎手になるのは相当厳しく、これまで66名しかいません。2016年3月時点で現役の女性騎手はわずかに7名しかしません。


女性騎手の誕生は競馬界でも相当珍しいことです。なのでこんな風になります。


▶︎丸ごと一冊 藤田菜七子 (週刊Gallop臨時増刊)

もはやアイドル並みの特集。ちなみに、競馬女子が増えているそうですがもちろんそこには「イケメン騎手」の背景がありそうです。

川田将雅騎手


出典:nyaokichi.exblog.jp

浜中俊騎手


出典:race.sanspo.com

池添謙一騎手


出典:news.netkeiba.com

イケメンなだけじゃなく、皆さん騎乗も上手いです。未来の武豊候補を争って毎週熾烈なバトルを繰り広げてます。こういう風にジョッキーたちのことをもっと知って、応援したい騎手を追いかけてみることも競馬を楽しむための一つの要素です。

馬のお世話をする厩舎、調教師、蹄鉄師たち


生まれたばかりの馬は0歳です。競走馬としてデビューする2歳まで、牧場で大事に育てられます。沢山の餌と身の回りのお世話を受けて愛情一杯に育てられた馬は厩舎(きゅうしゃ)という場所で調教というトレーニングを行います。

もちろん、単純にトレーニングするだけでなくその馬にあったメニューが考えられビシバシと鍛えられていきます。そしてレースに出れば馬に疲労も溜まります。どんなレースをどんなローテーションで戦っていくのかも考えなければなりません。

レースに出るときには馬のひづめに蹄鉄という鉄のスパイクのようなものを付けます。これも人の手によって行われています。蹄鉄師という方が馬のひづめに合ったものを選んで丁寧に取り付けています。



餌やり、馬のお家の掃除、毛づくろいなど1頭の馬の影には何十人、何百人という人たちが1頭の馬に関わっています。

そんな沢山の人たちの想いを背負って馬たちはレースを戦っています。

まとめ

日本では競馬はギャンブルとしてのイメージが強いですが、海外では高貴なスポーツとして見られます。
そして色々な関係者が関わり優秀な競走馬が生まれて育って行きます。
そういう背景もみながら競馬を見ればまた違った楽しみ方ができるのでは無いでしょうか。




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